大師役小角一代 その4

韓国連広足

朱鳥甲午の五月七日。和州国の住人にして従五位下、韓国連広足からくにのむらじひろたり、役小角の神変奇特なるを聞き、大峰山の仙人窟に尋ね来たれり。役小角仙人への弟子入りを念願せし時、広足は二十三歳、色白の美男にして、飛鳥の都なる韓国連鎌足の独りの秘藏子なり。朱鳥辛卯の如月、嫁を取るも、死別す。壬辰二月、妻子に无限むげんの悲運あり。九月秋暮、再び縁有れども、断りぬ。家中に異呪有りて、狂氣の如く広足は浪遊す。故に、癸巳正月、実父の鎌足は命を亡くせり。その死を泣きて、御母上は心暗くなりぬ。

広足の胸に光明興り給いて、泣きながら願いしに、役小角は大いに情に感じて、弟子入りをゆるせり。広足の心中に深く行道を誓わせしめり。曰く「我の如き凡夫人間なるは、三宝に皈依きえする道に入門致し、悦しく存ぜり。願わくば、未来に於いて、九品上生・安養浄土の世界に、我が父母妻子を導き供養することを得さしめ給え。」

是に於いて、唐小摩阿者梨、无量壽むりょうじゅ経を誦し、広足を得道して修験行者と為す。木皮・法衣を授け、更に父母妻子を供養して後、六根清浄、維摩経一巻を授けたり。広足は、戒律即ち禁色・禁栄諸慾を誓えり。佛戒を説教して、広足に心固く誓わしめり。

此の年の七月十一日、役小角は奥州頂雪國に旅立ちせんとす。唐小摩・大祥・小祥・大日・大角・前鬼・後鬼等は同道せしむ。大峰山仙窟は、広足に頼りて留守役とす。

この時、小摩曰く「汝、我等の留守中に、必ず、洞川の上なる𡸴岨に入る事固く禁ずるなり。必ず、入りて破る可からず。汝若し我が掟を犯さん時、汝の一命は、大山祇主神の呪祟に依りて、落命することも有らん。怖れ、耳奥に深く聽き止め殘す可し。」

広足、一行の旅立せし後に、慾性起こりて、固き掟を忘れ、血気をさかんにして山を登れり。広足は心中に想えり。此の仙奥洞川の辺り、金銀玉宝の岩窟に蔵する在らん、と。役小角に依りて固めたりし我が戒言も旅立ち渡りて、夢想思い込みて𡸴岨の界にはいりぬ。

登々りて行々きて、進み行けども、其の様なる宝窟はし。広足は更に西谷を登り、白川上にて東行せし時、その場に降れる、大獣の唸りの如きもの、禁断の魔所より奥に聞こゆ。青空は曇り、急に深き靄降りて、雷光凄きなるは益々に増え、四方は昏闇となりぬ。即ちこれぞ、呪縛中なる一言主神の魔所なり。

大岩石の間に半身をだし、役小角の符せし呪綱を切り取らんと欲し、大音声ともに懸命なり。形相を怖れし広足は正気を失いて、その場に仆れたり。曰く「汝、我が呪縛綱を切り取る可し。若し汝、我が令に逆らわば、汝の一命を殺生致すなり。更に又、食物を我に渡す可し。」

この時、広足は怖々ながら、その符縛藤綱を切り取れども、仲々に切り取る能わず。焼米を一言主神に渡せば、喜び食らいて、食い終りし時、広足は三本の藤を切り取りて、盲目同然にも逃げ降りぬ。

広足、歩道を間違え、洞川の谷に落ちて、正気を失いて半死となりぬ。身は流れ下り、幸運にも山魚取りの百姓に救われたり。美しき百姓娘の養生を受け、広足、佛戒を忘れ、此の娘を愛慕す。広足、遂に夫婦を結びて、月日は夢の間に過ぎにけり。

楽しく暮しいたる時、紀州の住人なる秀麿、役小角の奥州に於ける永死の報を広足にもたらせり。広足は、心中に喜びて、外面には泣涙の顔を作る事、上手なり。

広足は、自ら役小角代活神と称し、物知らぬ百姓・若女子どもに萬病平癒の祈禱をなしたり。毎日、界隈の者を集めて、偽経文を説法し、増上して慢心せり。

諸々の𡸴岨へ

その頃。役小角一行は奥州月山に於いて、罪障降伏を説きて護摩修法をしてあり。金剛藏王経一巻、唐小摩、記して書となす。時は、朱鳥乙未の五月十三日。密行悟道を為し、諸々の𡸴岨を尋ねる大苦行なり。

朱鳥甲午の七月に大峰山を旅立ちて、笠置山に至る。更に大神山を通り、比叡山・鞍馬山・比羅山・三国山を過ぎ、三国岳・熊臼山・滝波山等を通り、大日岳・白山・立山・槍山、糸魚川を下り妙香山より三方岳に至る。千手信濃川より舟にて下り、弥彦山に出でて、大日岳・飯豊山・朝日岳、以って東山を通過し湯殿山に至りて、長路の休息をせり。月山に登り、護摩法要を修し、羽黒山に登る。

役小角、夢を観る有り。留守中に大峰山の諸神は怒りて、親母は役小角を悲しむなり。是の夢、不審なる想いあり、前鬼・後鬼を呼びて曰く「汝等、大急ぎにて和州大峰に一足先にかえる可し。我等の留守中、大峰山に異変有りと我は想う也。早くに皈山きざん致す可し。」この時、前鬼・後鬼は飛行術を以て急ぎ立ち去りぬ。

役小角・唐小摩は、六月十七日に月山を発し、藏王山に登る。吾妻山・磐弟山等を過ぎて皈郷ききょうす。帝釈山・黒岩山を通り庚申山に至る。間藤より、渡良瀬川を舟下り、海に出でたり。赤石岳を進み、天竜川を渡り、惠那山に至る。木曽川を下り、志摩二見浦に上陸、朝熊山に至る。宮川上流を登り、大台原山に至り、大峰山に入山せり。時は、天之眞宗豊祖父帝丁酉の正月七日なり。三年の長月なる難山𡸴岨の苦行は、茲に終わりぬ。山岳霊験経十巻を記し、唐小摩阿闍梨は法衣に隠して、金剛藏王像中に蔵せり。

その時、広足は偽経を誦し、修験宗の禁戒を破り、道止むること極まらず。百姓衆、是を聞かば、修験大法を偽りて言布なし、知らざる百姓衆は此の邪教を信行し祭りたり。

一言主神は、役小角の化身尊と称して祭を行えり。広足は、役小角は死亡致したると称す。栄華の致し放題にて、三十七人の美しき侍女官は、玉坐の如くに舞いて廻るなり。

一足先にかえりたる前鬼・後鬼は、大峰の洞川部屋、百姓村の広足の振舞いを観て、大いに怒り、広足を誅縛せんと欲す。然るに、その影に一言主神有りて、母子神の魔の法力は誅縛すること能わず。

前鬼、広足を呼びて曰く「汝の振舞い、何事なるや。我が師は未だ死せず。近々に皈山きざん、定まれる頃なり。汝は、役小角仙人の法力を怖れず、外道に迷いて、禁戒を忘れたる大罰當り奴。今一度慈悲を以て放免されしに依り、再びこの様な事を致すとは。我等は、役小角仙人に奏上致さん。」この時、広足、大いに笑いて曰えり「汝、何を以て事を證し、その様な悪口を言うや。我は、役小角の法力を受けず。是れ、我が感得せし法力なり。」大聲にて笑いぬ。

前鬼・後鬼、怒りて曰く「汝の振舞い、我が師に奏上致さん。汝は、五十六億七千萬年間、一言主神と共に誅され呪縛致されん。小角は千里眼ゆえ、我は一先早くかえり、依りて吩咐せん。宙飛して駈け戻り来りて、案上するなり。一言主神の魔法に依り、汝、慢心して界隈の者を集め、邪なる偽経を説き、百姓母子共を迷わしめぬ。汝、白顔を生じて小角仙人の名代と称し、悪事を止めず、悔まずして、役小角仙人・唐小摩阿闍梨僧を蔑めり。高慢なる舞、是くの如き外道極道を弘めんとは、笑止千萬奴なり。」

前鬼・後鬼は宙を飛びて大峰山窟に来たりて、一部始終を小角・小摩に奏上す。一同の門弟は大いに怒り、葛城洞川村辺に向かわんとす。

時早くして、広足は岩窟に来たれり。悪事始終を小摩に悔みぬ。この時、小角は広足をゆるし、笑顔を以て曰く「是の後、必ず、佛戒を破る可からず。勤行致す可し。」時は三月四日なり。

一言主神とは、豊秋国の八百萬神の末系なり。葛城大峰・金峰大天井・小天井・𡸴峰々谷森河の総主なり。呪縛綱を切りて、一言主神は自由の身を悦びながらも、常に、小角を血祭に、人間の子種を絶せしむることを欲せり。直ちに地獄の炎焔魔王に頼り、修験宗を誅滅せんと欲す。

その時、役小角、異夢に依りて是を知れり。直ぐに天狗衆を呼びて曰く「汝等、我に代わりて、一言主神を誅す可し。」その令を聞くや、聖天狗・鳥天狗・木葉天狗等は、葛城山の一言主神の魔所へと飛行す。時過ぎる間もなく、一言主神を縛りて、かえり来たりぬ。

この時、役小角は孔雀王呪を誦して再び一言主神を縛符して曰く「汝如き邪神、五十六億七千萬年、弥勒出世の末世に至るまで、再び呪縛してゆるさず。大峰の地獄谷大炎焔穴に捨て落とし、更に其の上に大巨岩を落として閉じん。」

この時、広足、これを観て、神呪を怖れて顔青ざめたり。

小角捕縛の勅令

年明けて、戊戌の一月元日。此の年、役小角は自身ながらに岩橋を完成す。時に、韓国広足は余りの苦行に忍び兼ねて、大峰山を降り逃げて上洛せんと欲す。曰く「御聖行中、申し訳御座らず、此の度上洛決心致し、御聞き届け下され度く願上せん。御師の奥州不在中の様、留守役の御禁断を顧みず、西谷洞川に足踏みいれ、故に大苦患受け、身は我が一命を免れたり。御尊師には、甚々无禮ぶれいながら御暇を申し上げん。程なく又皈山きざん致さんも、御免下されたく。」

その時、小角は曰えり「汝如きは、憍慢なる癖に柔弱根性にして、色々力を借り集め盗綴をなせし合浅猿者あさはかものにして、人間成らず。又、獣にあらずして䫋成いせいし、戒律を破る力は有せるも、修験宗の仙術力は破り得ず。余りの慾に苦しみて、生温かなる女子の裸を撫擦するを欲すれど、何の自力もし、意気地无き行者なり。其の様な晴れ衣裳は目障りなり、再び皈山きざん致す可からず、破門致す。千辺の口より、先ず心力を得よ。耳の奥深く止めて、正心なる実力道を踏み、真の人間と成る可し。汝、迷夢を醒まし、恥を知る可し。」

これに、広足曰く「御无情なる御叱り事、我身の覚えは深し。二心は抱かざれば、ゆるされ下さる可し。」役小角「无用むよう、下山致す可し。」小角は雲に乗りて𡸴岨の彼方に消えぬ。

この時、広足は心中大いに怒り、赤面にて退き下山す。都に上り、諸々の寺道場を廻りて、役小角の悪言憎言をせり。朝庭に出でて曰く「かの大峰山の役小角は、妖術を以て世を乱す人、国の王位を得んとする大慾心の修行なり。直ちに誅縛致す可し。」

時に、諸臣は役小角の徳を知らず。広足の悪しきそしりを信じ、其の様に奏聞せんと言いけり。然ありて、役小角を召し捕える事、内々に決定となりぬ。

この時、広足は知らぬ顔にて大峰山に登り、小角に告げて「今上きんじょうに何者かが、我が御師を讒訴なしたり。此の山に篭もる事は、畢竟、豊秋国を魔界に致し、逆心有りて、帝に調伏を為す也、云々と。誣言の第二は、多年邪法を修して愚民を罪に誑惑きょうわくせしめたること、と。かの都にて、かく伝聞し、参上致せり。」

時に、役小角は大いに怒りて「汝、今更无用むようなり。汝の邪心は、我即ち知り尽くし居るなり。汝は我が法敵。立ち去る可し。」

広足、心に軽笑して下山せり。山村の百姓娘と共に上洛し、官位に付きたりとぞ。

五月一日、役小角捕縛の勅令、発布されぬ。是の命に依り、公卿・武士は、大峰山・葛城山に馳せ向い、小角の住む窟に来たりて對面、捕縛の勅を讀みて宣令をなせり。役小角は少しも恐れず、金剛藏王像を刻みいたり。作る手を休めずに宣命を聞けり。

「今上には、役小角は神変奇特、妖術を以て界隈の百姓衆を集め、萬病の平癒祈禱とて、人妻・若娘を迷わしめ、活佛いきぼとけを崇立したり、とす。国王に蔑なす増上慢なり。汝のもれる此の山は、根理なる心は、畢竟、日本国を魔界に為す逆心事有るらん。帝に調伏を為して多年邪法を修し、愚民を大罪に誑惑せしめたり。今上は、忠臣者の讒訴に依りて、汝を茲に捕縛せんとす。以て勅令す。」

かく證して、召し捕え役人の曰く「此の度、汝の修行不審なる議、是れ有り、急ぎ縛に付きて上洛し、朝宮御前に於いて申し上ぐる可し。此の令に逆う可からず、急ぎ参る可し。」

この時、役小角曰く「我は、其の様な小智慧の凡俗に非ず。其の様なる迷妄、我は心覚えず。」小角は敢えて應ぜず。

役人怒りて曰く「天勅に逆らう者、太刀を以て誅滅なさん。」

小角曰く「我は、国王の臣民に非ず、世捨てなり。都宮に召さるることはからん。」謂いて、小角は自若として起たず。

武士共大いに怒りて曰く「普ねく天下は王土なり。汝此の山に息棲して王民に非ずとは何言や、聞き棄て為らざる悪しき言なり。」

小角嘲笑して「此の土、王土なる故に、国は我に立ち去れと申すなるや。」小角忽ちにして虚空に飛上し、雲上に正座端然たり。然して、召し捕り武士共は手空にして、果して搦め捕る事あたわず。阿保面にて小角を空中に眺めおり。是を見下して微笑み、頓雲して踏行方知れず。

その時、武士共は如何なる可否かを商議せり。一人の者進み出でて申すに「我聞くに、役小角は老母への孝心厚し。諸国経歴の折々にも、国にかえりて當麻寺の母に孝養せりと。彼を捉うには、老母を人質とせん。厚き孝心により、小角奴は母親を悲慕なして、縛にかん。此の名案は如何。」

衆なる武士、此の策、実に妙なりとて、馳せて當麻寺に行きて、千代君を捉え、駕乗、都へ上洛せしめけり。

この時、小角、大峰窟に於いて、唐小摩共を集めたり。大峰山門弟一同・前鬼・後鬼・天狗衆・笠置山大角坊・鞍馬聖天狗・室生山大祥坊・高見山小祥坊・白髪山空梅坊・池木屋山法明坊・佛経岳法藏坊・大台原山大力坊・那智山大日坊・烏帽子山天山坊・大塔山法神坊・千丈山薬師坊・伯母山保食坊・葛城山法明坊・妙見山悟力坊・先山天竺坊・金剛山梵天坊・高野山行力坊・葛城山天教坊・国見山阿閦坊・護摩壇山金剛坊・朝熊山観音坊・六甲山大海坊・箕面山正法坊・愛宕山仙行坊・比叡山阿弥陀坊・大江山鬼伏坊・剣尾山不動坊・鈴鹿山修羅坊・白山不壊坊・立山金光坊・御岳山弘光坊・木曽山通神坊・赤石山大覚坊・剣山不空坊・船上山吾佛坊・大山地藏坊・谷筈山西域坊・竜王山小覚坊等、修験の門弟四十余人、皆集まり来たれり。

時に、小角に代わりて小摩曰く「今上は、我が修験宗門中に大逆者有りとせり。御師に、朝庭よりの誅縛の勅令有り。我等門弟の悲しむ可き事なり。法難有れども、我が修験宗は不滅なり。今上、師に代わる人質とて、老母の身を縛しぬ。我等が御師は、縛索に降らんとするなり。」この時、朝庭役人も居れり。

この時、門弟一同は口々に「広足を誅滅せんと欲す。」と言いぬ。

小角曰く「心配致す可からず。我には神通力・飛行術等有り。汝等への教法は今少時ばかり出来ずとなりぬ。又次に會えるときに教えん。其の間は、唐小摩を我が師と為し、我が放免に至るを待つ可し。」

小角、是に於いて、小摩に諸佛像を渡し、老母を慕いて上洛し宮に参朝す。名称を告げ、「縛索に就かんとす。願わくば我が老母を赦されんことを。我に御仁政を下し給え。」帝は、願嘆に任せて免じ、老母を當麻寺にかえさしむ。

三宝の逆賊

五月六日。小角は大嶋の岩窟獄に流され、永年罪配となりぬ。

時に、従五位韓国広足、心中に国掟を犯し、役小角を亡滅せんと欲す。広足は、若し小角が赦免蒙りなば、我が身の後難あるを怖れ、その心意に及びて用を為さんとするなり。

公けの手に誅罪を借りんと欲し、髙市王にそしりて云く「役小角の術には呪験有り。是に依り、白昼は和心にて罪に配せんも、夜には窟を出獄し天飛して大峰山に至り、魔神を奉じて御帝を呪詛奉らん。さなる由、聞こえ有り、早々に役小角を打首罪に致す可し。」時に、高市王、是の如き盲言を信じて大いに感じたり。

十二月二十五日。武士どもを大嶋に遣して、小角を誅戮せんと欲す。その時、広足は、武士に賄賂を贈りて小角を誅するよしを頼みぬ。武士ども大嶋に下りて、一應の糺問をなし、役小角を曳き出すには及ばず、偽筆を以て、偽の断罪書勅を讀みて宣命、聞かしめり。然れども、小角は少しも恐怖せず、敷皮の上に端坐、大日印を結びて、不動・孔雀王呪・摩訶経等を誦して、唱坐自若たり。

太刀取る武士、後方に廻りて、太刀揚丁ようちょうして斬らんとするも、あたかも磐石を斬る如く太刀二段に折れぬ。小角は安然なり。時に、太刀取る武士は是を太刀悪質なりと為して、別なる兼麿けんまの太刀に取り替え、再び切れり。なおも小角は悠然たり。太刀は之、段折り有りて、合わせたる武士は果して忙然なり。

時に小角、おもむろに後を顧りて曰く「佛法神力、汝如きが偽罪の勅令に迷わざり。先度汝等が読みたる宣命、帝呪詛奉事に依りて死罪行ずれども、神佛は我を護りたり。又、我かさねて帝呪詛の事、我が心に覚えし。修せし所は、天下の安全のみ。然るに汝等、罪き我を誅さんと欲せり。是、三宝の逆賊たり。若し汝等強いて我を斬却せんとなさば、禍は汝等に及び、且又、三宇宙間に大旱魃ありて、萬草尽く全種を亡ぼさん。」

役小角よりの責問に、武士どもは恐れ、是儘このままに高市王に奏問す。その時、高市王は大いに驚きて、博士を召してぼくさせ給いぬ。博士貞慧、是を占いて曰く「役小角は、元来より罪し。我等如き凡人に有らざる大聖者なり。これ邪見なる者の訴えし法難なり。急ぎ罪果赦免致す可し。」

この時、高市王は大いに怒りて、広足を縛して打首断罪とせり。時は、天之真宗豊祖帝の庚子六月十七日なり。

流罪放免の勅令

十二月十一日。千代君、老いながらも宮に参朝す。我が子役小角の赦免を願うなり。時に、高市王は大いに喜びて、御帝に奏上せり。然れども、中々御帝は聞入れる能わず。

千代君曰く「我が子、役小角のこと。今より六十八年前をかえりみるに、息長足広額帝の癸巳、神楽舞姫を召したりしに、我、御帝の御眼に留まりて、恩寵春花一時を受け、玉児を姙宿給えり。其の後我れは作言をなし、天より独鈷杵どっこしょ降りて我が口に入れり、夢見ての懐姙なりと、世人に説きぬ。真実は未だ我が子にも教えず、六十八年間、独り苦しみ参りたり。帝の御名を世間に閉じて、今の世に至れる次第なり。それなるあかしは、是なり。」千代君、一管の金蘭衣及び墨付きを上に観せしむ。

この時、御帝はみずから、老いたる千代君の頭を撫でて「汝の子は、皇系なり。朕を赦し給え。」玉音下りて、急ぎ遣して高市王を朝宮に召し、役小角の赦免書状を大嶋に立てたり。千代君は、余りの安心に、未だ小角の姿を見ずして入寂を悟るに及び、小摩・前鬼・大祥等を呼びぬ。其の㫖書よしがき、前鬼を遣して急ぎ大嶋に伝えたり。直後、間もなく入寂す。時に、御壽は八十歳なり。侍女尼及び唐小摩、門弟一同大いに悲涙せり。

大宝辛丑の一月元日。飛鳥朝より、詔勅を奉じて役小角流罪放免の勅令、發布せられり。大嶋獄にて、小角は白髪長くして窟を出獄せり。

この時、前鬼は涙ながら千代君の入寂を報ず。小角は已に其の事知りて悲涙してあり。前鬼より母の遺言を取りて開封し、大いに驚きぬ。

「我が子、役小角に告ぐ。顧みれば其の昔、田村皇子の癸巳三月、御帝の御愛を受けて汝を宿姙致せり。甲午の一月元日、御誕生給えり。偽りなく天神皇系なり。母の亡き後、決して短慮剛情を欲す可からず。此れなる玉・鏡・剣は、汝が皇系のあかしにして、亦、親の最も秘藏せし遺品なるぞ、大事に貯藏致す可し。」

役小角、嘆息喪心して涙ながらに曰く、(・・この部分、ページ欠落か?・・)六根清浄せり。